民学同文書 No.15

(資料)学生運動、真の統一へ
           ----大阪学連について---
         
民主主義学生同盟大阪大学支部委員会 1965年

 一、は じ め に
 二、第二府学連の結成と大阪学生運動の分裂
 三、誰が大阪府学連の運動を担い、誰が運動を破壊してきたか 
 四、大阪府学連第27回大会は果たして分裂大会であったか
 五、正当な府学連とは何か。第二「府学連」か、府学連か。 
 六、昨年秋以後の経過と我々の統一への努力


一、は じ め に
 昨年一二月平民「全学連」が結成されて以後、この平民「全学連」に対する評価は、学生の中にあるさまざまな政治潮流によって行なわれている。
 平民「全学連」がどのような政治方針、学生運動統一の方針、そして、その組織方針をもっているか。
 日本学生運動の統一と真の全学連の再建を願う全ての学生はこの問いを避けて通ることはできないだろう。
 我々、民学同は、これまで、平民「全学連」の分裂ボイコット戦術、その分裂主義の「論理」を批判してきた。
  しかし、最近「全学連」大阪大会と相前後して、その「権威ある」指導部は、統一の叫びにかくれてますますそのセクト主義の本質を暴露している。
 平民「全学連」の美名の裏に何がかくされているのか?我々はその組織方針(第二府学連)について、再びここで批判し、全学友の討論の材料としたい。

 二、第二府学連の結成と大阪学生運動の分裂
 ボイコット分裂戦術を学生運動の中にもち込み、学生運動統一の阻害的要因として働いてきた平民学連は、「情勢はきびしい。全学連の再建は必要であり、その機運は熟している。」として地方学連における、分裂的役割を継承しつつ、全学連再建を強行した。そして「全学連」という錦の御旗の威光を借りて、三月第二大阪府学連結成を実体を持たぬまま強行した。
 しかしながら、39年の6・19憲法闘争、11・12の原潜闘争における六千名関西集会、今年5・20の大阪、6・4の京都集会でのベトナム・日韓闘争を担った大阪府学連の健在は、第二大阪府学連の「正当化・市民権」を事実でもって粉砕している。
 平民「全学連」指導部は、第二大阪府学連結成をどのように正当化しょうとしているのか。彼等は、1月31日、大阪の六大学九自治会をどのように正当化しょうとしているのか。彼等は、1月31日、大阪の六大学九自治会を集会を集めて開いた大阪学生自治会代表者会議(阪自代)のアピールで、『私達は学生運動の統一を心から願い統一を目指して大阪の学友の利益を守る立場から、大阪府学連に結集して闘いを発展させてきました。しかし、全国の学友が全学連再建の為に闘いを展開していた時、それとは逆に全学連再建の為に闘う代議員、評議員をしめ出すことによって、府学連第27回大会を分裂のための「大会」とし全国の学生と対決するような行動をとっていったのです。その後全国の学友によって全学連再建の歴史的大事業が成し遂げられた中で、大阪府学連は、全学連都道府県支部としての機能を喪失していったのです。』
 分裂主義の立場に立つ者は、自己を正当化するために事実をねじまげ、それを主観的願望でつくり変えるものだ! 安保闘争後、マル同全学連のセクト主義、民主的運営の暴力的破壊による全学連・自治会の解体、平民学連の結成によるボイコット分裂戦線の拡大の中で、一貫して統一の立場を堅持し、大阪府学連の統一を保って、学生運動の分裂混迷の中に於いて輝かしい運動の歴史を築いてきたのは果して平民系自治会指導部であったのか?
大管法闘争・憲法闘争原潜闘争ベトナム反戦闘争と全学連解体の中で唯一統一した運動を展開してきた大阪府学連の中で彼等は、「学生運動統一のための闘いを展開してきた」のだろうか? いや、これまでの事実は、大阪府学連内に於ける彼等の行動は彼等の主張とあまりにもくいちがっていることを示している。37年8月、民主青年同盟の指導の下に、平民学連が結成された。これにより大阪における平民系自治会指導部は大阪府学連評議員会には参加しながら、そこで決定された行動方針を一切学友に知らせず、一切の統一行動を「君達とは意見が違うから」 「修正主義者、トロツキストは分裂主義だから一緒にやれない」という理由でボイコットしつづけてきたのである。大阪府学連が直接平民系自治会の学友へ行動への呼びかけを行おうとする彼等はそれを暴力的に阻止し、(外大で執行委員が20数名の民青によってビラまきを阻止された)事実を学友に知らせることを拒否した。しかしながら彼等のボイコット戦術にもかかわらず大阪府学連が数々の大衆闘争を圧倒的に成功させていたが故に、彼等は学友に対し、事実を隠ペイするのみならず「分裂主義者・敵の手先」というレッテルを府学連にはりつけて空々しいデマで自分の分裂行動を学友から隠そうとしたのである。事実を明らかにすることに利益を感じないのが分裂主義者のひとつの特徴である。
 もし彼等が自校の学友を昨年の6・19の全関西六千名集会に、11・12原潜阻止神戸六千名集会に参加させていたら、一体誰が大阪府学連を分裂させようとしているのか、なぜ課題が一致するにもかかわらず府学連に加盟している平民系自治会が統一行動に参加してこなかったかという問いは、民青指導部のデマを事実で粉砕して、鋭く分裂主義の胸に迫ったであろう。悲しいかな! 民青自治会指導部は、「民主勢力との共闘を」と叫びつつ、一切の統一行動をネグレクトしてきたのである。
 事実は、学生運動の統一をめざして運動を展開してきたのが大阪府学連であり、学生運動にボイコット戦術をもちこみ、統一を阻害して学生戦線の分裂を拡大再生産して運動を困難ならしめてきたのが平民系学生自治会指導部であることを明白に示している。
 このように学生の利益を踏みにじり、分裂行動をとってきた平民系自治会指導部が自らを「それとは逆に、全学連再建のため願う代議員・評議員」と規定し、39年7月の府学連27回大会を「分裂のための大会″と、大阪府学連指導部が、「全国の学生と対決するような行動をとってきた」と非難している真意は、どこにあるのだろうか。
 彼等のこの論理を明確にするために『全学連拡大強化のために』と題する「全学連」中央執行委員会書記局7月発行のパンフレットを見てみよう。彼等は、一方では、大阪府学連が全学連解体後『全国的には一定程度の役割を果たしてきた』 (パンフ2ページ)と評価しながら、その舌の根もかわかないうちに「府学連の多数の指導部は、自分達が全大阪の学生の要求利益をおろそかにしたり、大阪の民主勢力との共闘をないがしろにしながら、逆に平民学連に結集して学生の要求と利益に基づいて民主勢力とも手をとり、全国の学友との団結をも推進しょうと努力した自治会に対して様々な妨害を行ない、平民学連をののしりつづけてきました」と事実を逆転させている。「全学連再建が具体的日程にのぼってからは増々逆上し、大阪府大、大阪学大池田分校などの代議員の入場を拒否し、これに抗議するその他の自治会の代議員・評議員の意見を無視し、一方的に『大会』を行い、『指導部』の選出を行なって大阪府学連史上最も犯罪的な大阪府学連の分裂をおしつけたのです。もはや、彼等のいう『大阪府学連』は全学連規約・大阪府学連親約にも反したものであり、『大阪府学連』をいまだに名乗っていることは明白な詐欺行為です。
 彼等は、全学連再建大会を阻止できないとなると、大阪府学連大会を機に府学連を分裂させ、反全学連の集会をつくり、これに大阪府学連の名称をかぶせ、分裂の立場を覆いかくし、再建後当然確立されることになっていた『大阪府学連』に対抗しょうとしたのです。府学連大会での行為は大阪での『分裂の固定化』のための布石であったのです。大阪府学連を掲げての分裂行動はこうして準備されたのです。」として、@第27回大会は分裂大会であり、非民主的であるが故に解体した。A全学連が再建されたため全学連支部としての府学連は復帰加盟していないから認めない。
再建と同時に解体した。という二つの理由でもって、いまだ大阪府学連の看板を掲げているのは「ニセモノ府学連であり、君達はペテン師、サギ師、強盗だ」 (7月19日全学連中執との話し合い新保発言) ときめつけ、運動の実体をもたぬ第二府学連こそ「ホンモノ」だと息まいている。
 我々は、この見解を検討するにあたって、(1)、全学連のデッチ上げまでの大阪における運動の実体はどうであったか、(2)、府学連27回大会大会の事実経過はどうであり、彼等の言う「分裂大会」であったのかどうか。(39、正当な府学連とは何か、第二府学連結成が学生の利益を擁護し、運動を発展させたか、という三つの視点から検討することにしよう。

 三、誰が大阪府学連の運動を担い、誰が運動を破壊してきたか

 大阪府学連は、府学連大会・評議員会・執行委員会を規約に従って持ち、平民系自治会は、これに参加してきたし、彼等も「大阪府学連は合法的に存在する。」と言わざるを得なかった。又、大阪府学連は、大阪青年婦人学生共闘会議(青婦学共闘)の副議長であり、大阪に於ける共闘組織の運動の一翼を任ってきた。しかも学生独自の運動(大管法等)や民主勢力が起ち上がれていない時にもその運動の先頭をきって(憲法・原潜・ベトナム)積極的に運動を展開してきた。彼等は、「民主勢力との共闘」をいいながら、青婦学共闘会議の統一行動を意識的ボイコットしたのは果たして誰であったのか。大管法闘争においても、「民主勢力と共闘していない」と共産党(代々木派)が参加していなければ民主勢力でないかのごとくセクト性を発揮し、学生の願いに妨害的な役割を果たしたのである。
彼等も認めてきた合法的大阪府学連に対立する平民学連を大阪の地につくることが果たして学生の利益を追求しているといえるだろうか?平民学連を大阪につくったにもかかわらず、学友からの「一致した課題に基づく統一した行動を」という批判によって、孤立し、平民学連の運動を展開し得なかった事実こそ、大阪府学連の大衆的支持を示すものではないだろうか。

 四、大阪府学連第27回大会は果たして分裂大会であったか
 
 大阪府学連第27回大会は、平民系自治会の理由ないボイコットにもかかわらず「代議員数七〇名」で完全に成立しており決して分裂大会ではない。
 第27回大会においては、彼等のいうような府大・学大池田分校の代議員は確かにその資格を認められなかった。府大は、工・農・経の三自治会が府学連に正式に加盟している。当時、経済学部自治会は府学連と共に願う方向を示tて平民学連に批判的であった。彼等は、このために府大は統一自治会になったとして、個別自治会からでなく統一自治会の代議員を選出してきた。ところが、統一自治会にするためには、学生大会の承認が必要であるが、過去二年間、一度も学生大会が成功しておらず、しかも府学連には統一自治会として加盟していない。府学連資格審査委員会では、府大に対して、府学連に加盟している各単位自治会からの代議員を選出することを要求した。そして、統一自治会にするなら、学生大会を開いて規約をもった正式の統一自治会として府学連に加盟を申し込んだ場合、いつでもそれを認めるとの方針をとったのである。彼等は、経済学部自治会をチェックするために統一自治会なるものをつくり上げ、経済学部自治会の正式機関とは無関係なところで代議員を選出したのである。従って、統一自治会の代議員なるものを拒否したのである。奇妙なことに、全学連や、第二府学連では、彼等は、府大の自治会は三つあるとしている!
 学大池田の代議員は、先づ執行部が信任投票において、学生大会で信任されておらず、執行部が選んだ代議員は学大池田の代表として認められないから、評議員として参加を認めるという方針をとった。代議員資格については以上の通りである。にもかかわらず、彼等の非民主的な選出が認められないために、他の平民系自治会は、二日目から退場したのである。彼等が不当に退場したにもかかわらず、府学連大会は大会代議員の成立数を満たしており、合法的に第27回大会は成立している。彼等の言うごとく、大阪府学連は分裂したのではなく、運動の実態から言えば、大管法蹄争以後彼等はすでに府学連の行動に一切参加していなかった、という意味で何ら変わりはなく、彼等の分裂行動がより徹底したものだと言えよう。

 五、正当な府学連とは何か。第二「府学連」か、府学連か。

 「全学連」中執は、大阪府学連がニセモノであり、存在せず、あるのは「全学連」支部の「第二(?)大阪府学連」だと主張している。
 我々は、「正当なる地方学連」の判断の基準を考えるならば、次の四点に要約される。(1)、歴史的継承性。(2)、その地方の学生の利益を反映する自治会の結集度(=大衆的基盤)。(3)、運動の実体。(4)、規約・形式的正当性である。この四点については府学連の正当性について検討してみよう。
 (1)、大阪府学連は、全学連の地方支部として大阪の地に発足して以来、数々の学生運動の中で、その支部組織の役割を果して来た。更に、安保全学連指導部の解体の後も支部組織として、そして、関西の運動の体現者として、大阪の自治会の結集体として民主的に存在して釆た。全学連中央機関が解体したといえども、その支部組織たる大阪府学連は各地の地方学連が解体していった中でも、大阪に唯一の合法機関として存在してきたことは、平民系自治会自らも認めていることであり、彼等が、府学連第27回大会まで参加していたという事実でも示されている。
 (2)、大阪におけるほとんどすべての自治会がこれまで参加しており、三九年、第27回大会で平民系自治会が退場した時以後でも、代議員の過半数が府学連にあり、大阪府学連には、阪大・市大・工大・学大(天王寺)、経大の主要大学自治会が依然として結集している。
 (3)、大阪府学連の運動の実体は、先に述べたように輝かしいものであり、名実ともに学生運動の沈滞混迷の中で運動を担ったのである。更に、三九年二一月、平民「全学連」再建後、四〇年五月二〇日、ベトナム闘争では、大阪中之島公園で、第二府学連三〇〇、大阪府学連一、三〇〇名の二つのデモが行なわれた。又、六・四全関西学生集会では、六、000名の学友が京都に結集し、そのうち大阪府学連は二、五〇〇名の参加を勝得た。この時にも、第二府学連は全学連支部という形式性のみで 「運動の実体」を持たず、セクト性しか持ち合わせていなかった。
 最後に、平民「全学連」の諸君が振りまわす第二府学連の正当化の最大、かつ唯一の理由は、「府学連は全学連の地方支部」であり、「地方支部は全学連加盟校でもって構成する」という規約の機械的適用によるセクト的形式論理にふれよう。この「論理」には、大阪府下、学生大衆の運動の利益を守るという観点は、一かけらも見られない。ただあるのは、自己の絶対化と自己の利益の為には、たとえ、大衆組織を分裂させても自分の道を進むという分裂主義者の「論理」だけである。
 真理は常に具体的である。彼等の「論理」は現実の闘いの中でその本質を暴露した。「なぜ、五・二〇闘争を大阪府学連(一、五〇〇名結集)と別に第二府学連(三〇〇名)はデモしなければならないのか? 同じ日に、同じ中之島公園で集会がもたれているのに。そして、我々は課題も一致しているから共同して闘おうと呼びかけているのに」という主張に対し、「五・二〇闘争を大阪府学連がやること自体が全国の学友の利益に反することであり、分裂行動だ。」(七月一九日中執新保発言)と答えたのだ。この事実には何の解説もいらないだろう。彼等の本質が何かを最も雄弁に物語っている。そして、この形式論理の行きつくところは「全学連」加盟校であれば一校でも地方学連として存在する」(新保発言)という茶番劇なのであり、「兵庫県学連再建準備会(兵庫の圧倒的部分が参加し、平民系自治会にも参加が呼びかけられている)が、兵庫県学連をつくっても、それはニセモノだ。規約違反である。我々の力を考えて、いずれ兵庫県学連を再建する。」(新保発言)という全学連の名の下にいかに自派の拡大をはかるかというセクト主義なのである。
 問題をもう一度彼等のいう「全学連の支部としての府学連」にもどそう。問題は、「全学連」中執がいうように、「大阪府学連という看板を掲げての分裂行動」とか、「全学連規約・府学連規約をふみにじって大阪府学連を名のっている」(「全学連」書記局発行、資料No2)というところにあるのではない。この問への答えは、平民「全学連」がなぜ、全学連崩壊後、中央組織のない困難な時期に地方支部として活動を続けてきた大阪府学連を地方支部として復活できず、第二府学連という実体のない分裂組織を自己の地方支部に作り上げたのかという問の答えの中にその真実の答を含んでいる。我々は、この間題を再建過程、七月一九日の会見、「全学連」大阪大会の歴史的事実の中で再度見てゆこう。しかし、その前に読者はお気付と思うが、平民「全学連」それ自身が問われているのだという事、従って、「全学連(平民『全学連』)の支部としての府学連」は、府学連の正当性の基準とは決してならないということをはっきりと言っておく。我々は、むしろ平民「全学連」の支部でないことを今では、ほこりとさえ思っている。

 六、昨年秋以後の経過と我々の統一への努力

 三九年一〇月、平民系自治会は、全自代を開いて全学連再建へと踏み出した。一一月、それ以外の自治会は約百自治会(東京・関西・兵庫・九州の主要大学を含む)を結集して課題別共闘組織たる「原潜・日韓共闘会議」を結成した。この時点には、学生運動において「平民」・「原潜共闘」という二つの中心が存在するに至った。この時点において、府学連は「二つの中心の共同行動、統一による全国単一の全学連を!」と主張した。平民学連は、依然として、地方学連における分裂行動を取りつつ、平民学連の実体そのままに「全学連」という名の衣をかぶせたにすぎない自治会数(一二三。これは成立代議員の過半数に満たない)で強行した。そして、「全学連」は再建されたとした。しかし、「全学連」が再建されたとはいえ、それは「全学連」という文字通りの全国大学自治会を包含してはいなかった。しかし、我々は平民「全学連」が、四月以降全国学友の要求を一定限反映し、全国的包含的な運動を展開しつつあるし、又、一二〇余の自治会が結集している事実を評価し、依然としてその指導部は、分裂主義の路線を歩んでいるが、統一のためのあらゆる可能性、どのように小さな可能性をも粘り強く追求するという立場から、真の統一全学連再建実現のため次の五提案の下で、具体的な内容に於いて意見の一致をみるならば、「全学連」に加盟してゆくという方向で七月一九日中執と会見したのである。
 〔五条件〕
(1)、批判の自由と行動の統一を厳守し、学生運動の統一的発展の追求。
(2)、全学連大阪大会は全ての自治会に無条件で門戸を開放すること。
(3)、全学連規約を遵守し、民主的運営を保障すること。
(4)、関西三府県学連の組織的統一を回復すること。
(5)、単一都学連に努力すること。
 そして、我々は一切の問題を解決する正しい唯一の道は、「第二大阪府学連を解散し、平民系自治会の大阪府学連への復帰→統一の回復→「全学連」 への加盟→統一全学連→全学連地方支部としての大阪全学連、という方法を取るべきであるし、それのみが大阪における正しい府学連の組織化であり、最も容易になしうることであると主張した。しかしながら、平民指導部は、平民学連→「全学連」への転換によってボイコット分裂戦線→全国的包括的運動のための統一の母体の方向へ変貌をとげるのではなく、平民「全学連」の悪しき遺産たる「セクト主義」を「全学連」という美名の下に押し進める方向に歩みはじめたのである。それは、七月一九日の中執と阪大七自治会を含む一八自治会代表との会見で、新保書記長発言が如実に示している。「君達は、府学連をデッチ上げる悪いたくらみはすぐやめなさい。ぬすっとたけだけしいペテン行為だ。きれいさっばり悪だくみを捨てて、もどって釆なさい。」
 七月二三〜二五日、「全学連」一六回大会なるものが、一四二自治会の参加の下で行なわれた。阪大などの正式オブザーバーを排除し、全国代議員には大阪府学連を歪曲して伝え、「全学連」指導部の分裂・セクト主義をデマでぬりかえし、分裂的組織方針を決定したのである。
 大会の基調報告において、『広汎な学友の全学連への支持が高まっている時、あせりを感じたのか一部の分裂主義者は、全学連内部にもぐりこみ全学連を闘わない組織に革新しょうと画策している。』 と大阪府学連などの最も原則的立場のものを『最も悪質な分裂主義者』と「全学連」指導部にふさわしいレッテルを貼りつけている。そして『分裂主義者を自治会から追放しなければ、闘いの発展はあり得ない』と意見の異る部分は排除してゆき、「全学連」を指導部のセクト的利害(自派の拡大)の追求の手段としている。そこには、運動を発展させるためには、異なる意見の自治会とも統一してやってゆくという観点は全くない。「たとえ、学生大会の決定があっても『全学連』に敵対すれば、別行動はあり得る」 (新晩発言)という発想法と同じものである。
  ここにおいて、平民「全学連」指導部は、我々が当初憂慮していたセクト性を全面的に打出すに至ったのである。学生運動の原則たる「批判の自由と行動の統一を完全に捨て去り、平民「全学連」が統一の体現者たる真の統一全学連たり得ないことを指導部自らが証明するに至ったのである。
 こうして我々は、大阪府学連が、(1)歴史的継承性、(2)大衆的基盤、組織の民主的運営、(3)運動の実体、(4)形式的正当性、のそのいずれをも備えていることを明らかにした。今や、安保以後全学連支部として機能して釆た地方学連が存在するところでは、先に述べた「四つの視点」を抜き去った「地方学連」の組織化は、完全な誤りであり、そのような実体のない「県学連」「府学連」こそ「二セモノ」であると断言することが出来る。
 大阪では、第二府学連の組織化は、統一への道の最大のガンであり、しかも、このような組織方針を現在の全学連指導部が取っているということが最大のガンなのだ!
 学生運動の統一、統一全学連の実現への道は、(1)第二府学連の解散、(2)それを通じて、平民「全学連」指導部のセクト主義(分裂ボイコット戦術の継承)の解消以外にはありえない。これらなしには、いかなる統一の道もあり得ないし、真の民主的統一全学連の実現の展望を切開くことは出来ない。それゆえに、我々は、全国の統一を願う全自治会、全学友と共に、平民「全学連」の分裂主義と断固として闘うであろう。

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