アサート No.493(2018年12月22日)

【書評】『骨が語る兵士の最期──太平洋戦争・戦没者遺骨収集の真実』
            
(楢崎修一郎、筑摩選書、2018年7月発行、1,500円+税) 

 本書は最初にこう述べる。
 「法医学は医学の一部で、主に死体から、個体数・性別・死亡年齢・死因・民族等を推定する学問である。ちなみに、主に死体の歯から推定する学問を法歯学という」。
 「一方、『法医人類学』は、白骨死体、つまり骨や歯から法医学や法歯学と同様な情報を推定する学問である」。
 そして著者は「法医人類学」の専門家として、日本各地の遺跡から出土する発掘人骨を鑑定している。その著者が、太平洋の激戦の地、玉砕の島々に未だ多数残されたままの兵士の遺骨を発掘し、分析したのが本書である。
 第二次世界大戦でのわが国の戦没者は、総数で三一〇万人(ただし、ここには一般市民も含まれている)、そのうち海外での戦没者は二四〇万人(これには、硫黄島と沖縄の戦没者が含まれている)である。
 「そしてそのうち、収骨開始以来これまでに約一二七万人分の兵士の遺骨が収骨されている。したがって、まだ海外には約一一三万人分の遺骨が未収骨のまま眠っている。この未収骨のうち、飛行機や船で海没したために収骨が困難な数が約三〇万人、そして、中国や韓国など相手国の事情から収骨が困難な数が約二三万人と言われている。したがって、現在の遺骨収集の対象は、約六〇万人となる」。
 本書は、太平洋諸島に散らばる遺骨を収集し続けた記録である。その範囲は、マーシャル諸島(ミリ島、クェゼリン環礁等)、北マリアナ諸島(サイパン島、テニアン島)、ミクロネシア連邦チューク州(トラック諸島)、パラオ共和国ペリリュー島など広範囲にわたり、しかも短期間という派遣の制約もあって、部分的なものではある。しかし戦後七〇年以上も経過しながらまだこれだけの遺骨が残されていることを日常ほとんど意識にのぼらせていないわれわれに、戦争について考えさせる貴重な知識を与えてくれる。以下、いくつかを紹介しよう。
 サイパン島では、一九四四年七月七日、最後の万歳突撃を敢行したが、途中のタナパグ海岸付近で待ち構えていた米軍の反撃を受け、全滅してしまう。「夜があけると、タナパグ海岸には四三一一体もの死体が累々と積み重なっていたという。/さすがにそれだけの数の死体処理は大変だったのか、米軍はブルドーザーで溝を掘り、その中に次々と死体を投げ込んでいった」。このタナバグ地区の集団埋葬地は古くから知られており、厚生省による調査が何回か実施され、収骨している。
 この後多くの民間人と日本軍兵士は、サイパン北部の洞窟に避難したことが知られているが、著者は洞窟での遺骨収集の後、こう述べる。
 「洞窟で遺骨収集を行うと、集団埋葬地と異なる点が明らかになった。集団埋葬地では,戦史通り、毎回、出土するのは成人男性であった。ところが洞窟では、まさしく老若男女が出土するのである。/(略)/結果、一六ケ所の洞窟から、合計で五九体の遺骨を収骨することができた。この内訳は、三七体の成人男性、八体の成人女性、一四体の未成年が鑑定された。この中で、女性と言っても、若い女性のみではなく老齢個体の女性が多いことが特徴である。また、未成年と言っても、一歳、二・五歳、三歳、七歳、八〜九歳と、本当に子供が多いことも特徴である」。
 このように民間人が多数出土するのは、このサイパン島とテニアン島のみであると著者は語るが、テニアン島では次のような遺骨に対面する。
 「テニアン島第23遺跡は、小さな洞窟であった。ここで出土した人骨を鑑定していて、私ははっとした。五体の人骨が鑑定されたが、成人男性一体、成人女性二体、未成年二体であった。こう書くと、衝撃は感じられないかもしれない。/だが、成人女性二体のうち一体は比較的若い女性で、もう一体は老齢女性であった。さらに未成年二体は、約一歳と胎児であった。つまり、この洞窟には若い男女の夫婦とどちらかの年老いた母親がおり、孫であろう一歳の子供の四人が避難していたことになる。さらに、若い夫婦の妻は妊娠中であったということになるのである。/家族一同が同じ場所で発見されたとなると、手榴弾で自決したのではないかと推定された。まさに、悲劇の洞窟であった」。
 科学的分析によって明らかにされた戦争の残酷さである。
 このように本書は、戦後の長期間埋没され続けた遺骨収集を綴っていくが、著者の怒りを込めた問題意識が最後に語られる。
 「最近、『日本兵の遺骨は各地で土に還っている』という発言をちらほらと聞く機会がある。その発言の裏には、遺骨収集事業を早期に終了させたいという意図があるのかもしれない。だが、本書をご覧いただくと遺骨は決して土に還っていないことがおわかりだろう。そもそも、もし遺骨が七〇年で土に還るのであれば、日本のみならず世界中の人類学者が職を失ってしまう。骨が土に還らないからこそ、旧石器時代から江戸時代までの人骨が各地から出土しており、人類学者はその鑑定や研究ができるのである」。
 過去の戦争の犠牲者に対して人道を尽くすことが、現在の国民の生命を尊重し平和への道につながっているということを、地味な遺骨収集から考えさせてくれる書である。
 なお遺骨収集に関して米国では、わが国とは比べ物にならない規模の組織がいまなお活動しているということが紹介されている。
 「第二次世界大戦中、アメリカ軍は一六〇〇万人の兵士を動員し、四〇万人以上が戦死している。このうち、現在でも七万二〇〇〇人が行方不明だという。国防総省の指揮下にJPAC(米国戦争捕虜および戦争行方不明者遺骨収集司令部)という組織があり、人類学者や歯科医、考古学者約四〇〇人が働いている。国家の責任で、最後の一兵まで発見することに全力を注いでいるのだ」。                       (R)

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