アサート No.487(2018年6月23日)

【書評】 『地図から消される街──3・11後の「言ってはいけない真実」』
             
(青木美希、2018.3.発行、講談社現代新書、920円+税) 

 福島第一原発事故7年後のレポートである。問題が山積していることは周知の事実であるが、問題それ自体の風化も進んでいる。本書は原発の核心に迫る局面----核の兵器への転用可能性──にスポットを当てる。
 「原発は、核兵器にも転用できるプルトニウムを生み出す。プルトニウムはたまり続け、2016年末時点で、日本の保有量は約47トン。原爆約6000発分に相当する。非核兵器保有国としては最多だ」。
 何故こんなことが可能なのか。「日米原子力協定」がその根拠である(2018年7月に自動延長)。これは六ヶ所村や東海村の施設で、原発の使用済み核燃料からプルトニウムを取り出す「再処理」を例外的に日本に認めるもので、六ヶ所村の再処理工場が稼動すれば、毎年最大8トンのプルトニウムが生産される。
 これについて自民党の石破茂衆議院議員はこう語っている(『SAPIO』、2011年10月5日号)。「原発を維持するということは、核兵器を作ろうと思えば一定期間のうちに作れるという『核の潜在的抑止力』になっていると思う。逆に言えば、原発をなくすということはその潜在的抑止力をも放棄することになる」。
 「潜在的核抑止力」----これまで原発問題ではあまり表面に出なかった問題である。ここから見える「日本の核武装可能性」について、本書がインタビューする「元原子力村トップクラス」の「その人」は、こう語る。(発言の引用は必ずしも順序通りではない。)
 (質問)「どれぐらい核兵器への転用が可能なのでしょうか」
 「兵器に使える状態に加工してあるかどうか。どれぐらいのことをやれば元に戻して使えるかということですよね」
 「これは書かれたら困るのであなたの胸に収めたほうがいいと思うが、『核武装したい』と国会で決めるなりしたら、そこから延々と時間がかかるわけではありません、ということ」。
 (質問)「数ヶ月でしょうか?」
 「1年もそこらもかからないということです」
 「『日本は原子力発電をやりません』と言った瞬間に、足元がパーッと崩れる。原子力を持っているということと隣り合わせですから、『軍事研究』と『平和利用』とどこかに線引きができるはずがない。隣り合わせのところで、僕はいちばん近いところだったから」
 この発言は、原発事故後も政府が頑なに原発再稼動を目指している「国策」の意図しているものを暴きだす。
 さらにこの「国策」の下、原発事故によって避難した住民への施策=復興計画、避難指示解除、賠償打ち切りと矢継ぎ早に打ち出される政策が、実は「東電を守る」ためであったと指摘される。その理由が「原子力損害賠償法」であった。
 原子力損害賠償法は、原子力事業者が「異常に巨大な天災地変」を除き賠償責任を負う(=「異常に巨大な天災地変」の場合には賠償責任がない)としている。当初東電は、原発事故がこの免責事項に当ると主張していた。しかし後に、自ら賠償するという方針に転換した。この転換の大きな理由となったのが「原子力損害賠償法」に関わる経産省の賠償責任逃れの姿勢である。すなわち東電に免責を使われると賠償問題が国に降りかかる。実際「事故後、東電を破綻処理し、すべてを賠償に充てるべきだとの意見もあった。しかし政府は、賠償させるためとして、東電の存続を決めた。その代わり経産省は、東電がつぶれないようにかばう」という筋書きである。本書は言う。
 「その論理であれば、これまでの不可解な一連の動きが腑に落ちる気がした。/東電の賠償金の一部は、全国(沖縄を除く)の電気料金に上乗せして賄われてきた。/さらに2016年に経産省は、賠償金想定額を従来の5.4兆円から7.9兆円に増やした。増加分は、新たに電気代に上乗せされる国民負担2.4兆円を含む。新たな負担は原発と関係のない『新電力』まで含めて送電線の使用料(託送料金)に転嫁し、20年度から約40年間、毎年600億円ずつ集める。しわ寄せはいつも国民に来る」。
 これは、原発事故の責任を「うやむや」にし、「復興」の名のもとに避難指示区域の解除を遮二無二推し進める政府の姿勢と重なる。
 「賠償は打ち切られる。原発事故避難者用につくられた復興公営住宅に入居した人や多くの自主避難者が避難者数から除外され、数字の上では避難者数そのものが急速に減っている。避難指示区域が解除されると、避難者は『強制避難者』から『自主避難者』へと呼び名が変わり、そればかりか、『帰らないわがままな人たち』とレッテルを貼られるようになる」。かくして「被曝のリスクをどこまで引き受けられるかという判断は、すべて自己責任」として住民に押しつけられ、「復興」が進む。しかし根本的に問題は何一つ解決したわけではない。この現実を本書は、今一度警告する。(R)

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