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[00957]雑感(社会主義幻想、リベラル幻想)  返信 削除
投稿者:反省する勇気
投稿日時:2019/04/08 02:07:48

雑感(社会主義幻想、リベラル幻想) 
 2018-11-19    (反省する勇気)
 1968〜1970年当時、自分が関わった学生運動を よく振り返ることがある。全共闘の無法と機動隊の導入が多くの人の脳裏に記憶として残っているのではないか・・・
 
機動隊の導入で、当時は、学内では、多くの議論があった・・・というよりも、全共闘の無法に対しては、「許せない」という大学人が圧倒的に多かったが、にもかかわらず、「機動隊(=権力)の導入は、(大学の自治)を脅かすもので、反対」という意見が、多くのノンポリから民青(=共産党)やトロキスト連中まで、ほとんど共通していたと思う。 
 
僕たちも同じで、機動隊の導入時には、大学周辺道路上で、抗議のジグザグデモをよくやった。(民青―共産党は、実質的に機動隊導入は容認した。建前だけは「反対」だった)
 
今から思うに・・・これは、どうだったのだろう・・・????
 
(学問の自由)というのは、学内での暴力は許されない環境の下でのみ、主張しうるものではないだろうか? (相手の言論を暴力で封殺する)という時点で、その大前提は崩れている・・・今から思うに、当時の無法がまかり通っていた大学で、(学問の自由)などは、存在しなかったのだ。
 
全共闘が、無法に占拠した学内は、どこでも、ボロボロに荒らされたことは有名だ。もとより、秩序を嫌うアナーキーな彼らは、(象牙の塔)は、大学解体(粉砕)の対象にしか過ぎなかったのだから、各科研究室に押し入って、研究資料をゴミ扱いしたり、荒らしまくるなどは、意に介さなかった。
 
もはや、(学問)自体の存在が問われていたのだ・・・そういう状況下で、権力(機動隊)の手を借りて、事態を収拾する以外に、どんな解決方法があったのだろうか? 実力部隊(暴力)を持たない自分たちで、問題を解決できないのであれば、機動隊(実力)の手を借りるほかなかったと思う。
 
東大、京大、市大にしても、時計台の攻防戦ばかりが、華々しく報道されたが、大学当局による機動隊の導入方針は、今から思うに、間違ってはいなかった!!
 
もっといえば、(学問の自由を守れ)という(きれいごと)で済まそうとしていた(自分も含めた)リベラルたちの「偽善」を僕は、強調したいと思う。「学問の自由」幻想だ。
 
この(偽善)の類(たぐい)は、今日(こんにち)に至るまで続く様相だ。「社会主義」幻想も同じだ。現実を見ない(見たくない?)人々による「歴史の偽造」が、進められてきた。   
 
長い間、日本人拉致問題が数々、指摘されてきたにもかかわらず、一部のマスコミ以外は、報じようとはしなかった。リベラルたちは「社会主義の北朝鮮が拉致するはずがない」(土井たか子)と強弁し、土井たか子氏は、有本恵子さんの消息を伝える石岡亨さん本人からの手紙のことを、朝鮮総連に報告してしまうという失態を演じた。
 
2002年の小泉訪朝が無ければ・・・そのまま、リベラルたちの「過ち」は、繰り返され続けたのか!!・・・と想像するだけで恐ろしくなるのは、僕だけだろうか?  
 
「社会主義」幻想は、戦後リベラルの陥った最大の落とし穴だったと思う。
朝鮮戦争は、南(大韓民国)の北進(北への侵略)だと、長い間、僕たちは聞かされてきた。「社会主義が侵略戦争をするはずは無い」という(信仰)がベースにあったのだ。僕の学生時代、「社会主義」は、輝ける目標であって、知識人レベルでも「社会主義信仰」は、大前提で議論されていたと思う。
 
自分を(社会主義者だ)と強弁した美濃部革新東京都知事は、リベラルたちの「希望の星」だったし、蜷川(京都)黒田(大阪)と合わせた革新ベルト地帯が、明るい未来を約束しているやに思えた。
日本共産党は、「1970年代の遅くない時期に民主連合政府をつくる」とブチあげていたものだ・・・
 
しかし、この当時から、社会主義体制内の諸矛盾が、「鉄のカーテン」をすり抜けて伝えられ始めた・・・この「情報」に、真摯に耳を傾けるべきだったと思う。
 
1975年は、英雄的なベトナム人民が勝利した年だ。1967年ころ(高校2年)から、数えきれないぐらいのベトナム反戦デモや集会に参加してきた僕は、職場勤務中(1975年4月30日)に、解放戦線の勝利ニュース(サイゴン陥落)を聞いて、思わず涙が滲んできたのを覚えている。ところが、その感激も長くは続かなかった。
 
続々と続く「ボートピープル」の出現だ。特権階級(富裕層)の脱出だろうぐらいに軽く考えていたが・・・その流れが止まらない・・・命を懸けた脱出が延々と続き、多くの人々が命を落としていく。
なんで、なんで、なんで・・・・・? まったく理解不能の僕だった。
 
後になって、「オモテ」の顔の南ベトナム解放民族戦線が後景に退き、「ウラ」の顔だったベトナム共産党が、「オモテ」に登場して、彼らの独裁政治のもと、多くの民衆が抑圧されていく中で、ボートピープルたちの必死の脱出行であったことを知り・・・ボー然としたのを覚えている。
 
「社会主義は、(善)で、悪いことをするはずがない」という宗教的信仰は、向坂逸郎や志賀義雄たちのの専売特許ではない(彼らが醜悪であることは間違いないが)。戦後のリベラルは、社会主義信仰のもとに、「シベリア抑留」や、「満蒙開拓団への暴虐」には見て見ぬふりをしてきたし、「北方領土はソ連のモノだ」(日本のこえ)、「ソ連の核実験は正しい」(上田浩一郎・共産党幹部)と誤謬を重ねてきたのだ・・・  
 
「学問の自由」も含めて「リベラル」幻想とくくると、はっきりしてくる。
「民主主義」「人権」などのキーワードが、多用されたが、現実を正面から見据える作業は、充分ではなかった・・・というか、ネグレクトされた。
 
様々な方面から知りえる「きざし」を「初めに結論ありき」で、スルーされていく・・・新社会党と同じで、都合の悪い事柄は、「見て見ぬ振り」をする。そのため、最初に叫んでいた「人権」「民主主義」との整合性が取れなくなっていく。自己矛盾だ。それに、彼らは答えられない・・・ここまでくると、それは、もう(政党)としては成り立たない・・・と思う。僕は、この党(新社会党)の友人に、様々な質問をしたが・・・誠実な返答は・・・ついぞ無かったのだ。
 
「リベラル」幻想といえば、朝日新聞による30年以上もの「ねつ造記事の放置」などは、その典型だろう。韓国の反日政府や反日市民グループ(その中心は北朝鮮のスパイだ)の手により、この慰安婦(強制連行)は、世界標準に拡散されてしまった。日韓間にくさびを打ち込みたい北朝鮮の戦略は、これまでのところ成功している。

「反日韓国」とよく言われるが、相当の韓国人は、反日ではなく、逆に好意や親近感を持っているという情報もある。しかし、金大中・ノムヒョンの10年にわたる太陽政策の下で、多数の北朝鮮のスパイ集団が韓国内に浸透した。青瓦台官邸や労働界、教育界、マスコミ、市民団体などで、反体制工作、反日工作、反米工作が展開されたのだ。

それが、成功しつつあり、韓国の弱体化、赤化(北朝鮮による併呑)は、時間の問題とみる専門家も多い。 
 
朝日新聞は、日本では、リベラル紙で通っているが、北朝鮮や中国の独裁者に利用されまくってきたのが、現実ではないだろうか? 「反自衛隊」「反安保」「反沖縄米軍基地」を叫んで、これらの独裁国家を 涙が出るほど喜ばせているのが、まぎれも無い朝日新聞だった。

 長年、朝日新聞を購読し続けているが・・・やり切れない思いだ・・・
 皆さんは、どう思われるか?      (反省する勇気)

(PC等)


[00956]初めに結論ありき・・・何でもかんでも、「安倍批判」・・・・ 返信 削除
投稿者:反省する勇気
投稿日時:2019/03/11 14:50:36

「泥沼にはまった安倍外交」の(さらば国際捕鯨委員会)(アサート494号)を読んで   2019−3−11   反省する勇気
 この文章には、気になることがある。結論から言うと、「初めに結論ありき」という姿勢、都合の悪いことはスルーする・・・という、僕が指摘してきた、あのリベラルたちの過ちが、きれいに、そのまま出ている・・・ということだ。

初めに結論ありき・・・何でもかんでも、「安倍批判」に帰結したいというのであれば・・・こんな楽ちんなことは無い。
  アサートの論客?が、特定の(昔・活動家)たちによって占められているのも、前から気になっていた・・・  
 
「これに代わり開始された調査捕鯨も捕獲した鯨肉の一部は食品として流通していることから、事実上の商業捕鯨として国際的な非難を浴びてきた。」・・・・
まず、調査捕鯨を非難してきたのは、どの国で、非難しなかったのは、どの国か? IWC内部の力関係を知った上で、書かれているのだろうか?
 
そもそも、IWCの目的と現状との(乖離)をどのように考えているのか? それを無視して、「国際的な非難を浴びてきた」というのは、乱暴すぎる。
この表現は、一面的で、「日本は間違っているから、国際的な非難を浴びている・・・」という、大いなる誤解を生むことは、明らかだ・・・まさか、それを意図して書かれたとは、思いたくないが・・・・?

(参考)・・・・
 商業捕鯨、逆風の中で    2019年2月9日   森下丈二  朝日新聞
https://plaza.rakuten.co.jp/hannpenn/diary/201902140001/

捕鯨を巡る欧米人との議論を振り返ってみる    2018-12-28    FNN PRIME
https://plaza.rakuten.co.jp/hannpenn/diary/201812280005/

捕鯨問題、特定の価値観を他国に押し付けてはならない・・・  2018-12-26    (はんぺん)
https://plaza.rakuten.co.jp/hannpenn/diary/201812270000/

『ビハインド・ザ・コーヴ』監督が語る、反捕鯨プロパガンダとの戦い方                 2019-3-6  八木景子(映画監督)  Web Voice
https://plaza.rakuten.co.jp/hannpenn/diary/201903110002/

日本の流儀知れば変わる・・・商業捕鯨(耕論) 2019-2-9 サイモン・ワーン(元和歌山大学特任助教) 朝日新聞
https://plaza.rakuten.co.jp/hannpenn/diary/201902150001/

「刑務所に入る覚悟」できている。 菜食主義者による襲撃相次ぐ フランス。  2018-9-30  AFP(パリ)
https://plaza.rakuten.co.jp/hannpenn/diary/201901280003/

国際捕鯨委員会  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E6%8D%95%E9%AF%A8%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A

「2014年には国際司法裁判所で日本の調査捕鯨を商業捕鯨モラトリアム違反とする判決が確定、同年9月のIWC総会でも調査捕鯨許可不発給勧告決議が採択されるなど、日本政府は窮地に立たされていた。」・・・・について、そもそも、国際捕鯨委員会(IWC)は、捕鯨国を中心にクジラ資源の保護と持続的利用を目指して発足したが、70年の歴史の中でクジラ愛護を唱える反捕鯨国の加盟が増加し、1頭たりとも捕獲を許さない完全保護に目的が変質した。

機関の目的から、現状は、大きく逸脱していることを、日本政府は指摘し続けてきた。そのことに、筆者は、まったく触れていない。これは、正しく、押さえておかなくては、正しい理解はできないと考える。国際司法裁判所(ハーグ)の判断が、IWCの判断(
たとえば、日本の調査捕鯨が商業捕鯨モラトリアム違反であるとの判決)と合致しないことは、いくらでも、ありうるのだから。
 
しかし、ハーグの判断を受けて、調査捕鯨許可不発給が勧告されるというのなら、IWCの設立趣旨からは180度、違反しているわけだから、食文化を守り発展させる日本の立場からは、距離を置く(脱退)しかないわけで、真の捕鯨国同士で、新たな捕鯨問題についての資源保護、適切な捕獲の枠組みを議論するしかないだろう・・・というのは、自然な流れだと思うが・・・
 
これを、自国第一主義批判するのは、自ら(道理)を否定する所業だと思う。
筆者は、IWCの現状を(知ってか、知らずか?)説明していないが・・・国際捕鯨委員会(IWC)内部では、捕鯨には何のかかわりも無い国々も参加しており、それらを含めた捕鯨反対派、賛成派双方の多数派工作が、大会のたびに繰り返されてきたが・・・これって、本当の民主主義なんだろうか?と、常々、思ってきた。これって、本来の民主主義なのか? (多数決は、イコール民主主義)ではない・・・というのは、常識だろう。
 
「第2次(安倍)政権成立以降この時まで、安倍は外遊のなかで反捕鯨国19か国を訪問し、経済援助を行うなど「買収」とも言える活動を進めていたが、これらの国々の態度を変えさせる事はできなかった。」って、書き方は、おかしいのでないか?  

19カ国の外遊は、(捕鯨問題)の「買収」のために、あったのだろうか? 経済援助は、中国の覇権主義(一対一路)に対抗するためもあって、グローバルな世界的秩序の中で、(自由・民主主義・人権)という普遍的な価値観を守る立場の一環として行動したというのが・・・一般紙の分析だが、その中で、反捕鯨国に対するときに、(捕鯨問題)も議題の一部に上っただろうが、主題では無かった・・・と僕は思うわけだ。

この書き方は、予断と思い込みに満ちており、読者に、間違ったメッセージを与えてしまう・・・という意味で、間違っていると思う。
  安倍批判を優先させたいために、安倍外遊で、「捕鯨」を訴えたが、受け入れられず・・・(窮地に立たされた)と言うのは、あまりにも短絡的だ。
 
僕が、ブログで指摘しているように、(捕鯨問題)は、食文化を守る類的課題である。世界中で、歴史的のも、多くの食文化が受け継がれてきた。オーストラリアでは、多くのカンガルーが食用のために殺されている。欧米中心に、世界中で、牛や豚や馬が、食用のために、殺されてきた。韓国・中国では、今も犬食文化が、引き継がれている。
 
特定の国が、他国の食文化を否定して、自分たちの食文化を押し付ける傲慢さは、否定されるべきではないか?  そのあたりの詳細については、僕のブログにも、紹介しているので、参考に読んでいただきたいと思う。
 
(国際機関からの脱退と言う暴挙に出た・・・)これって、現状認識からして、おかしくない? 国際協調という基本認識は、戦後の世界政治の主流であり、日本は、その中で発展を続けてきた。今さら、(原則放棄を国際的に宣言)するもでもないし、今回のIWCからの脱退を、「原則放棄」と決めつけるには、あまりにも無理があると言わざるを得ない。
 初めに(結論ありき)の筆者は、なんとしても「安倍批判」に持っていきたいのだろうが、IWC[が、本来の目的から逸脱していく中で、日本は、30年以上にわたり、粘り強く、それを指摘し、現状認識のために調査捕鯨を続け、ミンククジラをはじめ、鯨総数が増加していることを証明し続けたのだ。
 
筆者と同じように、(初めに結論ありき)のオーストラリアを始めとした反捕鯨国は、「反対のための反対」での「引き延ばし戦術」が、明らかになっている現状の中で、30年以上の(総括)ということで、今回の脱退を決定したのだ。
 
ブログでも書いたが、捕鯨には、まったく関与していない多くの国が、IWCにオルグされて、入り込むという、捕鯨・反捕鯨の多数派工作・・・それが、正常な国際機関の役割を果たしうるのか・・・過去の議論を見るべきではないか?
「脱退は暴挙だ」という決めつけは、不勉強の裏返しとしか、僕には見えない。
 
「国民生活にとって死活問題ではない商業捕鯨」という文書の中に、筆者の稚拙な(捕鯨)無理解が、顕著に表れている。
捕鯨は、大昔から、日本全国で、生存のための食料確保のために、続けられてきた。鯨肉は、日本人にとっては、安価で、貴重なたんぱく源であり、漁業の大きな柱の一つになってきた。
今も、日本各地に多くの鯨食文化に伴う資料館、博物館が存在しているし、旅先でも学ばせてもらったものだ。

この日本の食文化は、鯨の絶滅(実際はウソ)などを理由として、制限がかけられ始めた。僕たちが、子供のころは、頻繁に食卓に上ったものだが・・・IWCによる、(まった)がかかる中、捕獲が制限され、目の前から姿を消し始めて・・・久しい。
 
「国民生活にとって、死活問題ではない」という筆者には、食文化を守るという重要な視点が、決定的に欠落しているし、(鯨肉がダメでも、牛肉や豚肉があるではないか)という軽薄な論理が、透けて見える。
 「国際協調を破壊する行為は、自国第一主義そのものである」というのは、思い込みによる決めつけで、あまりにも短絡的だ。
 
また、筆者は、「1933年の国際連盟脱退」と絡めた安倍批判を展開しているが、ブログでも書いたように、今の時代は、そんな認識は不自然だ。
中国や北朝鮮などの共産主義の独裁国と違って、戦後日本は、(それが対米重視という弱さを孕みながらも)相対的(開かれた)外交を展開してきたと思う。

(捕鯨問題)で、道理(脱退)を通したとしても、他の国際協調にも影響する・・・脱退が連鎖する・・・とは、まったく思えない。「国連での発言力が低下するに伴い、国際協調からの離脱傾向が強まっていくだろう」という認識は、情勢分析としては、稚拙そのものだと思う。
 
というか、筆者の無理な批判は、(こじつけ批判)(批判のための批判)の域を超えていないと思うのだ。
(意見集約が難しい国連のような形態よりも、共通の敵に対する同盟外交を志向している。それこそ「日独伊枢軸」への道である)という認識は、グローバル社会の現代にあっては、妄想の類である。戦後、日本が進めてきた戦後外交では、戦前回帰などは絵空事であり、(自由・民主主義・人権)などの価値観を大切にしながら、先鋭な対立の世界政治の中で、多数派を目指していく以外に、生き残る道は無いと僕は思う。
 
体制維持、利権維持を目指す安倍政権が、それをわからないハズは無い。よく「戦争前に戻るのでは」「いつか来た道だ」という言い方がされるが、いつも違和感を僕は感じてきた。「軍隊は国民を守らない」なども同じだ。かって東日本?  千ッ買う問題?で、民主党の故仙谷由人氏は、「軍隊は権力のXXXだ」と言ったそうだが、物事の一面だけを肥大化して、誤ったメッセージを発信してしまった。
 
今の自衛隊は、昔の日本帝国軍隊と同じ認識・理解では、間違うことになる。今の東アジア情勢の中で、中国の帝国主義的覇権主義、北朝鮮の先軍政治的専制主義を前にして、米軍・自衛隊・沖縄基地・安保条約は、強力な抑止力としての「存在意義」がある。沖縄の在日米軍基地が無ければ、中国の軍隊は、やすやすと西太平洋に〈進出〉して、全体主義の脅威が、地域民衆の上に君臨することになる。故に、在日米軍も自衛隊も、沖縄の軍事基地も・・・絶対必要なのだ。
 
最後の(この間、安倍はこの間、安倍は対中牽制をめざしているが、フランスとは「ゴーン問題」でギクシャクし、イギリスはEUブレグジットで混乱する中、あらたに捕鯨問題でオーストラリアなどの反発を買う形となってしまったのである。)・・・・
「安倍が対中牽制」を目指していることは・・・間違いなのか? ということだ。(14億の中国の覇権主義が、地球にとっての最大の脅威である以上、反覇権大国が一致団結して、対中牽制に動くことは正しい・・・)と僕は思っている。

筆者は、それが、気に入らないようだ。それでは、どうして、全体主義を封じ込めるのだろうか? 何か、良い手段があるのか?? 教えてほしいものだ。
ただ・・・「話し合いで・・・」「国連で・・・」などと、わかりきったことは言わないでほしい。

というのは、多くの日本の弱小リベラルたちは、この目の前にある危機=中国の覇権主義・軍国主義、北朝鮮の専制的先軍政治・悪の帝国に対して、見て見ぬふりをしてきたからだ。新社会党や社会主義協会、社民党なども、同じで、長期低落、衰退の道を歩んでいるが・・・
(ぼくは、この根本認識を修正しない限り、リベラルの未来は無い・・・と思っている)

フランスとは「ゴーン問題」でギクシャクし、イギリスはEUブレグジットで混乱する中、あらたに捕鯨問題でオーストラリアなどの反発を買う形となってしまったのである。)・・・・「ゴーン問題」が出てくるのが、わからない! イギリスのブレグジットを持ち出して、何の意味があるのか?わからないし、意味が無い。
捕鯨問題では、明らかに捕鯨派は、論理的に破綻している。オーストラリアは、反捕鯨派の最過激派だが、「反発」を買ったのは、日本が間違っているのだろうか? 言うべきことは、正しければ、どうどうと主張する・・・それが、大人の付き合いではないか?
 
 どうも、筆者は、「初めに結論ありき」で、やみくもに安倍批判をして、(それで良し)としているのが気にかかる。  読者を(間違った方向に)誘導するのは止めて、不勉強を克服して、真摯な議論に入ることを、お勧めしたい。
 
最後に、これは、アサートのHP全体に言えることだが、日本のリベラルの欠陥が、まるまる・・・出てくるので、(反省が無い)というのが、僕の結論だ・・・・悲しくなる。
例えば、中国や北朝鮮の全体主義批判、人権批判が出てこないのは、まったく、まったく、まったく!理解できない。これは、リベラルたちの(限界)か??
 
多くの在日が「地上の楽園」をいう宣伝扇動で、北朝鮮に送られ、困難な生活に呻吟してきた(現在進行形)。多くの日本人が、北朝鮮の工作員たちにより拉致されて、彼らの大切な将来が奪われた。中国の文化大革命では、「反革命」の烙印を張られて、数千万人の民衆が、嬲り殺されていた。こういった負の歴史(都合の悪い真実)に、リベラルたちは、見て見ぬふりをしてきたのが事実だ。
 
アサートでも、トランプ批判、安倍批判には、熱心だが、全体主義、共産党独裁批判には、口を閉ざすという2枚舌は、決して許されない・・・と考える。
そんなことで、国内情勢、国際情勢が、正しく分析できるわけがない!!!
ソ連や社会主義体制が崩壊して、30年以上経つが、あなたたちの(総括)は、どうなっているのか?
 ――――――――――――――――――――――――――――――――
【投稿】 泥沼にはまった安倍外交
      −統一自治体選踏まえ野党共闘再構築を−
ASSERT 494号 (2019年1月26日発行)
「さらば国際捕鯨委員会」

  年も押し迫った12月26日、安倍政権は国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退を表明した。1960年代以降国際的に捕鯨は縮小していき、1982年にはIWCで商業捕鯨モラトリアムが採択され、日本も87年には南極海での商業捕鯨を停止した。
  これに代わり開始された調査捕鯨も捕獲した鯨肉の一部は食品として流通していることから、事実上の商業捕鯨として国際的な非難を浴びてきた。

  2014年には国際司法裁判所で日本の調査捕鯨を商業捕鯨モラトリアム違反とする判決が確定、同年9月のIWC総会でも調査捕鯨許可不発給勧告決議が採択されるなど、日本政府は窮地に立たされていた。

  第2次政権成立以降この時まで、安倍は外遊のなかで反捕鯨国19か国を訪問し、経済援助を行うなど「買収」とも言える活動を進めていたが、これらの国々の態度を変えさせる事はできなかった。

  そして業を煮やした揚句、ついに国際機関からの脱退と言う暴挙に出たのである。日本は自民党政権下においても、国際協調を基本とした外交を唱えてきたが、今回のIWC脱退はそうした原則の放棄を国際的に宣言する、象徴的な事件となった。

  国民生活にとって死活問題ではない商業捕鯨を強行するために、国際協調を破壊する行為は自国第一主義そのものである。

  政府の決定に対し、これを1933年の国際連盟脱退に擬える論調が多くみられるが、これを嚆矢として今後、アメリカの後を追うように国連人権理事会やユネスコからの脱退論も安倍周辺から噴出するだろう。

  歴代政権は国連安保理常任理事国入りを目指してきたが、この間そうした主張は影を潜めている。
  12月22日、国連総会第5委員会で合意された、19〜21年の国連予算分担金比率で、日本は中国に抜かれ3位となったことが判明した。

  これはGDPからも明らかなように、経済力の反映であるが、国連での発言力が低下するに伴い、国際協調からの離脱傾向は強まっていくだろう。こうした動きこそまさに安倍の言う「戦後外交の総決算」の一環であると言えよう。

  安倍は自らの主張が通らず、意見集約が難しい国連のような形態よりも、共通の敵に対する同盟外交を志向している。それこそ「日独伊枢軸」への道であるが、現実は破綻の道を歩んでいる。

  この間、安倍は対中牽制をめざしているが、フランスとは「ゴーン問題」でギクシャクし、イギリスはEUブレグジットで混乱する中、あらたに捕鯨問題でオーストラリアなどの反発を買う形となってしまったのである。

(PC等)


[00955]2回目の米朝会談の想定外・・・!!! 返信 削除
投稿者:反省する勇気
投稿日時:2019/03/01 17:38:51

今回の米朝会談、リベラルたちの反応はどうなんだろう? と、いつも考える。やみくもに、南北融和、米朝融和を 「平和のサイン」と夢想してきたムキには、(想定外)ということだろうか? 

僕の診たても、(想定外)だったが、その内容は、リベラルたちと180度異なるものだ。

ぼくは、当初、国内に難題を多く抱えて、かつ、来年の大統領選挙を控えて、トランプは、ポイントを稼ぎたいのでは・・・・ その流れから、(大胆な妥協)で、「得点稼ぎ」にのめりこみそう・・・という、悲観的な見方だった。

それが、北朝鮮ペースで進められれれば、またぞろ、独裁者=金ジョンウンに息つぎをさせてしまって、経済制裁の効果を減殺しかねない、それが、「北朝鮮の復権」につながりかねない・・・・という恐れが少なからずあった。

北朝鮮の体制が独裁維持、専制的先軍政治維持で、金正恩の思い通りに進むことが、最悪のケースとしてあったわけだ。これでは、問題の解決には、まったく値しない。経済制裁の解除で、財政は回復し、潤い、もちろん、核ミサイル開発は、続行される。

アメリカの歴代大統領は、この北朝鮮ペースに翻弄されてきて、失点を重ねてきたのだ。失敗の歴史から学ぶべきだったが、ようやくトランプが、一矢を報いた・・・といったところか?

日本のリベラルたちは。こういう見方はしない。北朝鮮の軍国主義、専制政治を非難してこなかった彼ら(新しい社会主義を夢想する人たち)は、やみくもに、「融和」を叫ぶのみだ・・・彼らに、未来は無いだろう。

あらためて、リベラルたちが、決して叫ばない(経済制裁の意義)について、記しておくと・・・

「資金を断つこと、開発資金の枯渇により、(もはや、核ミサイルを放棄して、開放政策に転換しなければ、生き残る道はない)と、金ジョンウンに認識させることが最も重要」
「経済制裁により、国家財政が窮迫すれば、(支持層へのバラマキ)も出来なくなり、支持層を動揺させることができるだろう。」

「金日成―金正日―金ジョンウン・・・3世代にわたる親子世襲の独裁体制は、取り巻きの特権階級と絶対忠誠を誓う親衛隊(軍隊)に支えられている。
多くの民衆の惨憺たる困窮の原因は、すべて、この専制政治・先軍政治にある。 金一族は、国家財政を一手に握り、支配体制の強化のためには、ふんだんに(バラマキ)をして、特権階級を手懐け(てなずけ)てきた。」

「戦争によらない、平和的な解決の道は、国連制裁決議による「経済制裁」を徹底強化するしかない。先軍政治のために、3世代にわたって、北朝鮮人民の困難な生活が続いてきたが、独裁政治が続く限り、止むことは無い。共産主義による悲劇が、ここでは繰り返されてきた。」

「(善意の経済支援)は、独裁政治の延命にしか貢献しなかった・・・という、苦い教訓がある。(善意の支援)は、共産党が、一括管理して、金一族の取り巻きにのみ配給された。本当に苦しんでいる人民の口には届かなかったのだ・・・・・」

「核ミサイル開発の資金源を断ち切ることで、(問題の解決には、平和的な話し合いしかないこと)を わからせることだ・・・それが唯一の平和的な方法だ」

トランプが、どこまで、頑張れるか? は、わからない。大統領としての資質的欠陥を多く抱えたこの人物に、ある意味、地球の未来を委ねなければならないという、皮肉な運命には、空を仰いでため息ばかりが、出てしまう。

皆さんは、どう思われるか?    (反省する勇気)

(PC等)


[00952]「反省する勇気」の欠けた人たちに、未来は語れない・・・ 返信 削除
投稿者:反省する勇気
投稿日時:2018/12/22 17:46:14

 アメリカ中間選挙投票日を目前に控えた時点で、南米からの大量の移民がアメリカを目指して北上している・・・と知って、ぼくは、「何かイヤーな感じがしていた。これは、何か得体のしれない歴史的陰謀が隠されているのではないか・・・?  国境に壁を作ると言ってきたトランプの(排外主義的政策)を支持する保守派の有権者にとっては、とても刺激になるニュースだから・・・
 
アメリカ国内での(対立と分断)の進行は、理由がある。トランプが、大統領になる前、インタビューにこう答えていたそうだ。
 「恐怖(を呼び起こすこと)こそ、真のパワーだ」
 
彼らは、今のマスコミは、フェイクニュースだ・・・として、見ようとはしないと聞く。彼ら保守派の有権者が見るのは、保守派のFOXテレビか、彼らを支持するSNSだという。自分たちの意見を代弁してくれるこれらのメディアしか観ないというのでは、正しい判断、正しい分析ができるはずが無い・・・(日本のリベラルや新社会党と、全く同じだ・・・)
 
これって、僕が、新社会党の友人に、「いったん党を離れて、党の外から、いろんな意見に目を通してみませんか?」「違ったものの見方も知ることが新しい発見につながる・・」 同じ意見に囲まれていたら、楽で良いですが、自己革新、進歩は、ありませんよ・・・と言ってきたが、彼らは、このアメリカの保守派の人々とまったく同じなんだ・・・都合の悪い情報はスルーする・・・
 
自分たちが支持する意見に取り囲まれて、楽な道を選択する・・・この過ちを、我々の世代は繰り返してきたのではないか・・・??? と言ってきた。
 
アメリカで(分断と対立)が進行しているのは、この(他人の意見を聞かない)という人々が増加しているからだろう。アメリカでは、日本以上にリベラルなCNN・・・とか、保守派のFOXテレビ・・・とか、色分けが極端だが、
他人の意見を見ない(=拒否する)所から、国内での民主主義的土壌が進化するとは思えない・・・
 
日本でも、(僕自身の経験からも言えることだが)リベラルたちは、リベラル派の「朝日」「世界」は読むことがあっても、体制派(保守派)の「産経」や「読売」は、ウヨク的だ・・・として、拒否してきた・・・のが、現実だった。 
こんなことでは、正しい理解が進むことが、あり得ないだろう。

そもそも、僕がブログなどで、情報発信を始めたのも、最初に皆さんにお知らせしたように、これまでの我々の世代が犯してしまった、取り返しのつかない大きな過ちが原因だ。我々の世代は、東西冷戦の中、限ら得た情報でしか、内外情勢分析をすることを余儀なくさせられてきた・・・その結果、大きな判断ミスをしてしまったのだ。
 
「社会主義」に対する予断と偏見が、大きな幅を利かせてしまった。「期待」と「願望」で、(社会主義)を理解してしまった。
20世紀の後半の社会主義体制の崩壊過程で、「社会主義の真実の一端」が、暴露されて、我々は、大きな過ちをしっかりと認識することができたのだ。
 
驚いたことに、この今の時代に、僕の情報発信を「拒否」する人々が・・・まだいた!!  信じられないことだが、北朝鮮を妄信する新社会党員の知人・友人たちもそうだった・・・
 
自分たちの都合の良い情報に囲まれている人たちには、「北朝鮮の先軍専制政治」や「中国の軍国主義、覇権主義」にこだわる人々を、「なぜ、こだわるのか?」ぐらいの認識しかできない・・・のだろう。
 
北朝鮮や中国を非難せず、見て見ぬふりをしてきた彼らが、新社会党内に巣食っていると思われる北朝鮮のスパイ集団に扇動されて・・・信じられないことに、「韓国の戦闘的労働運動を学ぶ」と称して、1966年、1967年と2回も、韓国くんだりまで出かけて、「反朴槿恵デモ」に参加している。機動隊の催涙弾を浴びて、目を真っ赤にしながら・・・(オレは闘った・・・)とはしゃいでいた彼らの姿は、まさに、金ジョンウンの手の上で踊らされている道化そのものであった・・・と、今では断言できる。
 
僕は、最初、なぜ、「この人たちは、「情報を拒否するのだろう・・・ と不思議で仕方が無かった。喉から手が出るほど(真実に飢えていた)僕には、「彼らの言動に不信感ばかりが残っていく・・・結局、「彼らは、楽な道を選んだ・・・ということだった。宗教家のように、ただただ信じていれば、自身の占める位置は保障されるから・・・・そして、真実を拒否する対場からは永久に、自己革新は不可能だろう・・・
 
都合の悪い情報は、はなから拒否し、意見を同じくする集団や出版物に囲まれて、楽な道を選択していく彼らには、民主主義などは、あり得ない。自分たちの意見を絶対化して、それが真理だというのだから、政権を執れば、反対意見を全否定することになる・・・これまでの社会主義政権、共産党政権が、そうであったように。(彼らに政権を執ってほしくない・・・とつくづく思う!)
 
皆さんは、どう思われるか?      (反省する勇気)

(PC等)


[00951]予断と偏見、「思い込み」が、人類を終末に導く・・・   返信 削除
投稿者:反省する勇気
投稿日時:2018/10/27 17:49:15

予断と偏見、「思い込み」が、人類を終末に導く・・・  
         2018-3-30     反省する勇気

 前回、取り上げた元朝日新聞編集員の松井やより氏について、もう一度、考えてみたい。
僕は、彼女のことは、全く知らない。しかし、想像はできる!!
学生運動時代に、彼女のような「思い込み人間」を多く見てきたからだ。

彼らは、一様に「疑ってみる!」ことをしない。上部!から、注入されたことを信じ込む。
それは、宗教的魔力で・・・まさに、「洗脳」の世界になる。

宣伝扇動で、「慰安婦は強制連行された」「日本軍は、残酷な加害者だ」・・・と刷り込まれたことについて、一瞬でも疑わない・・・そういう人間が、大量に量産されたのだ。かく言う僕自身が、そうであった。

組織の中にいると、疑問があっても「見て見ぬ振り」をしてでも、組織の決定に従うべきだ・・・という考えが圧倒する。
そこからは、自由なモノの考え方は停止する。 

僕が、この新社会党の友人に何度も言ったことは、「一度組織を離れて、客観的に自分たちの運動を見つめる事、組織以外の様々な意見にも耳を傾ける努力をすること」が大切ではないか・・・と。 その努力の中でこそ、初めて自分たちの運動の欠点、限界が見えてくるものだ・・・・と。

僕は、2度、組織と距離を置いて、客観的なものの見方を得る機会を得た。そして洗脳から逃れることができた。幸いと言うほかなかったのだ。

松井やより氏が、新聞記者と言う大きな影響力を持つ仕事に着きながら、(裏付け記事)でなく、「思い込み記事」を連発したのは、なぜか・・・・??  

予断と偏見、「思い込み」のもと、都合の悪い情報を自ら(みずから)拒否(放棄)して、都合の良い情報ばかりに目を奪われる・・・そう、戦後の進歩的リベラルが、陥ったのと、全く同じ過ちそのものであった。

それは、僕が、結党時に一時、支援したことのある新社会党の姿とオーバーラップしてくる。 
新社会党は、旧社会党が解体された時に、左派(正義感溢れる真面目な党員が多いように感じた)の一部が結集して作られたが、「社会主義」に対する「思い込み」の激しいグループでもあった。

慎重討議の要求を抑えて「社会主義綱領」を早々に作り上げてしまったのは、向坂派の強い意向があったのは間違いない。
すでに、その時点から、限界は、見えていたということだろう。

北朝鮮の軍拡や人権問題をまったく批判しない、その教条的姿勢の故、次第に僕は失望して、支援の手を控えることになっていく。

新社会党員で、僕の友人であるM氏をよく思い浮かべる。「疑ってみる!」ということをしない彼らは、(社会主義)と言う言葉に酔いしれて、宗教的信心の世界を浮遊しているようだった・・・ちょうど、あのオウム真理教のエリート幹部たちのように・・・「疑うこと」を拒否し続けているのだ・・・

ハンナ・アーレントは、「疑うことをしない」平凡な人間が、悪魔の所業をなしえた・・・として、アイヒマンを分析した。
アイヒマンは、ナチに洗脳されたが、「疑うこと=最も困難で、人間的なこと」をネグレクトして、(楽な道)を選んだのだ。

僕は、新社会党の友人に・・・楽な道を拒否せよ・・・と言い続けてきた。

「自分たちの主張と「合う」情報に取り囲まれたら、楽で良いですよね。しかし、それでは、進歩がありませんよ。
自分たちだけで「運動」しているつもりになっても、進歩は、ありません。
新社会党の現状が、それを、ありありと示しています。
Mさんたちは、その活動の中で「兵隊」となることで、「楽な人生」を選択しているように思います。会議に出席したり、街頭でビラを蒔いたり、のこのこと韓国に出次かけたり・・・・肉体的には、しんどいかもしれないが、「楽ちん」な生活です。
「問題提起」されて、答えられないのは・・・辛いし、出来れば、避けたい・・・・しかし、それでは、自分がダメになる! 自身の人生に後悔ばかりが残ることになります。」(Mさんへのメールだ)

・・・というわけだ。

松井やより氏は、僕とは同世代で・・・(かっての僕)でもあった。
僕は、松井やより氏を知らない・・・が、彼女の「運動」への「影響力」は、僕とは比べ物にならないぐらい大きなものであったことは、間違いないだろう。

彼女と僕の違いは、「疑がってみる」ことを真剣に追求したかどうか・・・だったように思える。 予断と偏見、「思い込み」で、彼女は最後まで行動した・・・宗教家のように・・・だ。

その「ウソ」が、運動的にも、社会全体にも、大きな災厄をもたらしてしまった。
その悪影響は、今も続いているし、今後も続くことは容易に想像できる。

この事実の裏付けのない情報が、今も独り歩きして、戦争や難民などの地球的規模の不幸を作り出していることに・・・ある種の絶望感を抱かせる。

皆さんは、どう思われるか?       (反省する勇気)


(PC等)


[00950]8月15日を迎えて 返信 削除
投稿者:反省する勇気
投稿日時:2018/08/18 23:17:30

8月15日を迎えて・・・  2018-8-15   (反省する勇気)

「戦争反反対」「戦争はこりごり・・」という国民の体験談は貴重だ。戦争の実相を学ぶこと、
戦争を理解するためには、大切にするべきだ・・・と言ってきた。

しかし、「戦争反対」=「非戦」「非武装中立」・・・・というのは、どうだろうか? これは、短絡的結論だと思うのだ。
誤解を恐れずに言うと、正しくない。

なぜか? 何度も言うように、戦争には、必ず相手があるからだ。相手(=敵)の無い戦争などは、あり得ない。
「戦争反対」は、こちら側の一方的な願望であり、相手の側が、それに正しく応じてくれれば、これほど、素晴らしい事は無い・・・が、
悲しいことは、いつも、そうなるとは限らない。

民族主義やナショナリズム、排外主義に扇動されたに相手(敵)が、こちらの願望を無視して、攻め込んでくることが、
これまで、いくらでもあった・・・というか、(歴史から学ぶ)ならば、そちらのほうが多かったということだ。

相手のある戦争について、相手の行為を考慮せずに、こちら側の一方的な(戦争反対という)願望だけで、
(戦争反対→自衛隊反対→安保反対)という、間違いを、戦後リベラルたちは、犯してしまった。

日本社会党では、「非武装中立」という「方針!」が、国民の素直な反戦気分に支えられて、深い検証も無しに、長期間、継続されてきた。
自衛権についてのあいまいな姿勢に終始せざるを得ず、(自衛権を認めると自衛隊を認めることになる)、激変する東アジア情勢に
対応できないで、今に至る。

結果として、北朝鮮や、中国の先軍政治や覇権主義・軍国主義を前にして、「話し合いで・・・」「国連で・・・」というばかり。

リベラルの戦後の凋落は、安易に、国民の「戦争は、もうこりごり」という正しい反戦意識を、一面的に捉えて、
正しい方針を提起できなかった・・・結果である。

「平和憲法」が、戦後、長きにわたって変わらなかったことが、「憲法」の「先進性」を示している・・・と誇る向きもあるが・・・そうだろうか?
「平和憲法」の限界性は、以前から指摘されている。社会が激変しているのに、憲法が変わらないこと自体が、「異常」なのではないか?

目まぐるしく変わる社会に対応して、「憲法」も変わるべきだ・・・と言う考え方が、むしろ自然ではないだろうか?

無理な考え方は、いつか破綻する。それが、今、リベラルの凋落を結果しているように、僕には思えるのだ。

リベラルの集会やデモ行動から遠のいて久しい。「自衛隊反対」「安保反対」という無責任な方針は、受け入れられないからだ。

緊張する東アジア情勢の中では、残念なことだが、自衛隊や安保体制は、抑止力を確保するためには、絶対に必要だ。
(ここまでは、東西冷戦構造の延長になるだろう。)

冷戦は、社会主義ソ連が墓穴を掘って?(社会主義・共産党独裁の必然的結果?)、(幸いにも)「崩壊」してくれた。

現行世界は、どうだろう・・・   14億中国や、歯止めの効かない北朝鮮を前にして、
軍事的パワーバランス(抑止力)を確保するために、今後、莫大な税金が使われることになる。

これは、東西冷戦と同じ構造で・・・人類は、一触即発の破滅的危機を迎える可能性があることは、確かだ。

そこで、50〜60年前と同じ議論が繰り返されることになる・・・
すなわち、非軍事を貫いて、専制国家の侵略を許し、彼らの(奴隷)に甘んじるか、果てしの無い軍備競争を続け、いつか?訪れるであろう
第3次大戦(世界の破滅)を黙認するか? の選択だ。

僕には、わからない・・・僕たちの消え去った後の地球のことになるが・・・

皆さんは、どう思われるか?      (反省する勇気)


(PC等)


[00949]リベラルたちの不誠実さ、見て見ぬ振りに一言 返信 削除
投稿者:反省する勇気
投稿日時:2018/04/08 10:46:43

政府、国境離島の私有地調査(2018-4-8読売新聞)を見て
 (政府は今年度、日本の領海や排他的経済水域(EEZ)の基点となる国境離島の私有地に関する初の実態調査を実施する)・・・という2018-4-8の読売新聞の記事を見た。
  (「保全上重要な土地」を指定する制度を作り、土地の保全策を講じる方針。安全保障上の脅威になり得る土地取引の監視を強め、領海の保全や海洋権益の確保を図る狙いがある。)とのことだ。

なんで今ごろ調査?・・・と感じる人も多いのではないか? 
南シナ海、東シナ海、日本海など、極東地域が、これだけ緊張しているのに・・・どうして、もっと早く調査してこなかったのか? 
国土と国民の命をまもる努力を放棄してきたのか?

(日本の平和憲法のおかげ)で、今の日本は、ずぶずぶの楽天主義! 能天気な平和ボケ!に満ちているように思える。
それだけ毎日の平和な生活に浸りきっているからだろう。(災害は忘れたころにやってくる)と言うが、(戦争も、知る努力をしなくなって、忘れたころにやってくる)と思う。

 工作船に乗った多くの北朝鮮の工作員が、日本海側のひと気の無い海岸から潜入していたことは、忘れてはならない事実だが、リベラルたちは、ネグレクトして知ろうとはしないし、知っても意図的にスルーする。

共産党や社民党、新社会党などは、そういう情報を、まず機関紙などで報道して、支持者や国民に警戒を促すことをしてこなかった。
これって、ひどい話ではない??  都合の悪い情報に、見て見ぬ振りをする・・・・

高校時代から(べ平連)などの「反戦デモや反戦集会」に数多く参加してきたが、戦争の悲惨さは繰り返し叫ばれるが、いつも・・・短絡的に「平和憲法守れ」という「護憲」のフレーズで、終わる・・・それが、結論。

こういう「守りの姿勢」は、「侵略を受けたら、どう対応するのか? 平和憲法で日本を守れるのか?」という、指摘には全く歯が立たない。現実的に、抑止力を持たずに、対応できると夢想する考えでは、世界的には、相手にされない。
そんなことは、ありえないからだ。

極東の緊張が続く中、戦後、長きにわたって、日本が戦争しなくて済んだのは、「在日米軍と自衛隊の抑止力のおかげ」と言うことは、あまりにも明らかだ。
リベラルたちは、現実から目を逸らし、「平和憲法のおかげ」とすり替える。

「島国という地政学的な有利さ」も、プラスになった。日本が、今の韓国やベトナムの地にあれば、朝鮮戦争(1950〜)や中越戦争(1979〜)のような、北朝鮮や中国の侵略は、避けられなかったハズだ。

日本のリベラルたちの事実を直視しない不誠実な対応は、いつまで続くのだろうか?  こんなでたらめが、いつまでも通ることは、あり得ないと考える。

皆さんは、どう思われるか?      (反省する勇気)

(PC等)


[00947]制裁は効いている・・・さらに強化徹底を! 返信 削除
投稿者:反省する勇気
投稿日時:2018/01/29 16:05:31

「経済制裁」は、効いている!! 年頭で、金正恩が、韓国すり寄り発言をして、韓国を日米から、引きはがそうとしていることは、
何度も報道されているが、これは、「経済制裁」のため、いよいよ国家の運営が行き詰まってきたことの表れである・・・と言ったきた。

「経済制裁」の徹底は、対話による平和的解決を目指すならば、避けて通ることができない重大事であるが、リベラルたちの反応は鈍い・・・鈍すぎる。

年頭の金ジョンウンの発信は、その打開策であるが、包囲網の弱い環である、韓国が狙われた。
もともと韓国内進歩派は、親北朝鮮派でもあり、北朝鮮の別動隊が、彼らの「本性」である。

経済危機を前にして、その北朝鮮が、全面降伏=全面対話に踏み切る前に、最後の拠り所としての韓国の親北派の文ジェイン大統領に、
アクションをかけてきたのだ。
昨年の大統領選挙では、親北派が全面的にバックした文ジェイン大統領が、当選したので、遅かれ早かれ、今日の事態は予想されていたわけだ。

北の核ミサイル開発を阻止し、平和的解決を実現するための国連安保理の「経済制裁」を骨抜きにする結果を、韓国が今後、
先導することになるのだろうか?

少し前の発信で、ぼくは、「この北朝鮮の狙い(五輪融和による制裁の骨抜き)の一方では、これまで通りの時間稼ぎを利用して、
着々と核ミサイル開発が推し進められていることに、僕は恐怖を感じている。」と書いた。

少し補足しておきたいが、安倍首相は、昨年の国連総会で演説し、「今は(対話)する時ではない。(圧力)をかける時だ」と主張した。
また昨年の総選挙でも、「今は(対話)の時期ではない、(圧力)の時期なんです」と言い放っている。北朝鮮問題について「北が非核化に向けた
明確な意思と行動を見せるまでは(圧力)の時」と述べ、今は(対話)に乗り出す 時期ではないとの認識を示した。

これに、僕は強烈な違和感を感じた。
(対話)と(圧力)を対立させるこのような説明は、間違っている。(圧力)は、あくまで(対話)に持ち込むための戦術であって、
(圧力)自体を自己目的化すれば、取り返しのつかない、大いなる誤解を生むだろう。
(対話)を否定して、(圧力)ばかりを強調しても、何も産まれない。

「経済制裁の強化・徹底」は、北朝鮮に核ミサイル開発資金を枯渇させ、時間稼ぎを狙う金ジョンウンを、しぶしぶ(対話)の席に
着かせるための、もっとも有効で、平和的な手段であるからだ。

(リベラルたちが、逡巡する理由が僕にはサッパリわからない。
新社会党も、MDSもアサートたちも、まったく力が入っていない様子だが・・・・これでは、国民の支持は得られまい!)

皆さんは、どう思われるか?      (反省する勇気)

(PC等)


[00946]鉄のカーテン 返信 削除
投稿者:反省する勇気
投稿日時:2017/11/21 21:23:28

鉄のカーテンが             2017-2-23      (はんぺん)

今の若者たちには「鉄のカーテン」という言葉を知っているものは少ないと思う。僕たちの世代では、良く知られた言葉だった。
「ベルリンの壁」などは、その典型だった。

チャーチルが、使い始めたこの言葉は、社会主義の秘密性、非民主性を指摘した適切な表現だったが、
一方、帝国主義の側からの様々な攻撃から社会主義体制を守るためとして、日本のリベラル陣営の側からは、ほとんど批判的な論調は
無かったように記憶している。

日本のリベラルは、従って、ソ連や東欧、北朝鮮などの真実の情報をほとんど正確に得ることができず、
「善意」と「願望」で、「解釈」「分析」せざるを得なかった。

その結果が、大きな禍根を残すことになった。
「ソ連や東欧の社会主義の順調な発展」は、社会主義協会などが、繰り返し、繰り返し、我々に「報告」してくれたし、
日本共産党は「北朝鮮は地上の楽園」と宣伝して、「在日の(北朝鮮への)帰国運動」を扇動してくれた。

「鉄のカーテン」が、「社会主義の弱さの現れ」であったことに何故、我々は、もっと早く気づくことができなかったのだろうか?
今でも、このことを考えると、悔しく、無念な思いがする。

日本のリベラルたちは、間違った情報を後生大事に信じ込み、何の疑いもなく、「運動」に邁進してきたわけだ。
しかし、真実は、いつか化けの皮が剥がされる。20世紀の終わりに、社会主義が「崩壊」して、初めて、真実の一部が、明らかになった。

世界中のリベラル、とりわけ、日本のリベラルは、徹底的に打ち砕かれた。

今や、この地球上には、社会主義勢力は、消えた。
中国共産党という特権階級が支配する「帝国主義的中華帝国」や、朝鮮労働党という、これまた特権階級が独裁的支配する
「先軍政治専制国家」のみが存在する。

日本のリベラルが、何故、間違った認識のもと、間違った判断をして、「社会主義」「共産主義」にだまされたのか? 
その問いを真剣に考えて、反省している様子が、ぼくの周りには、余りにも見えてこないのが、僕にとっては、大きな不満だ。

そんな、いい加減な人生を送ってほしくない!
「社会主義」「共産主義」に、だまされた最も大きな原因は、「鉄のカーテン」の陰に、「真実の情報」が隠され続けてきたことだ・・・これは、間違いがない。

「真実」が隠されてきただけでなく、「ウソ」が、「発表」されてきた。
「社会主義」が「ねつ造」され続けてきたわけだ。ソ連邦による各種の「成果」がねつ造されて発表され、「偉大なソ連邦」が内外に宣伝された。

社会主義協会などは、それを真に受けて、日本に持ち帰って、「堂々と」報告するだけでなく、それを宣伝扇動して、間違った認識で大衆を組織していく。
彼らの誤りは、二重にも、三重にも、繰り返され・・・その罪は大きいと思う。

社会主義の崩壊後、彼らが大衆に、どのような自己批判を、表立って発表したのか?ぼくは、いまだに、それを知らない。
都合の悪いことは、「見ざる」「聞かざる」「言わざる」で、やり過ごしてきたのではないか?

社会主義協会の中で、大きな反省の議論が行われたことは、知っている。その一部の文書は、手元にある。
かなりの運動家が、協会を離れたし、組織分裂もあったし、組織も凋落している。
きちんとした反省のできない組織は、誠実さを疑われて、最後には消滅するしかないと思う。

ぼくは、「真実の情報」が我々に隠され、「偽の情報」が捏造されたことが、今の状況を結果したのだという認識のもと、
今現在、得られる可能な情報を、できるだけ、多くの皆さんに提供し、共有し合い、議論し合えることが大切だと思い、
(自身の向上も兼ねて)、情報発信している。

これらの情報が、各人の認識の一部に加えられ、より正確な内外情勢認識に寄与できれば、少しでも「偏向した運動」が
是正されうる可能性があるのではないか?と思う現在である。

「運動」からは、一定の距離を置いて、再勉強中の今、ちょうど老後の第2の人生の大きな目標でもあるわけだ。
(反省する勇気)

(PC等)


[00945]今回の総選挙を考える  返信 削除
投稿者:反省する勇気
投稿日時:2017/10/13 13:37:11

今回の総選挙を考える    2017-10-12   (反省する勇気)

今回の選挙は、安保法制推進から改憲を目指す安倍政権と 一極集中に歯止めをかけようとする野党の対決と言う図式だ。
前にお知らせしたように、すでに国会内では、改憲勢力は、過半数をはるかに超えている。国会での発議自体は、可能である。

戦後、70年以上が経過し、日本は、大きな曲がり角に立っていると思う。この70年間で、日本を取り巻く状況は、大きく変化した。
この変化に、対応できるかどうかは、将来の日本の針路、ひいては、世界の平和と安定に大きく影響することは明らかだ。

この70年間の日本の政局は、全体としてみれば、「護憲平和勢力」の後退という印象が残る。
なぜ、こうなったのか?? 考えてみた。皆さんの考えを お聞きしたい。

その原因は、(進歩勢力)と言われた人たちの「保守的」姿勢に尽きると、僕は思っている。
「平和憲法を守る」という(護憲)と言う言葉から象徴されるように、常に「守り」の姿勢が今日まで、続いている。
そこには、現状打破、自己改革、止揚(アウフヘーベン)の発想は無かった。
自己革新が停止していた。過去の「遺産の食いつぶし」が続いた・・・これが、長期低落の根本的な原因だと思う。

戦後、保守政権による軍隊の復活(警察予備隊)が、戦争体験(反戦平和意識)をバックにした「護憲運動=平和憲法守れ」につながった。
その流れが、今まで変化することなく(一貫して)続いているのだ。

共産党が、よく「自分たちは一貫して・・・」と自慢するが、一貫することは、自慢することでも何でもない。
むいろ一貫すること自体は、「不自然ではないか?」と僕は、以前から言ってきた。
ぼくの大学の先輩から「長い人生の中で思想が変わるのは、それを進歩というか変節と呼ぶかはともかく、やむをえないことです」との
メールをいただいたが、ぼくは、それに対しては、状況の変化に応じた対応の変化こそが、自然な姿であると思っている。

戦後の(一貫した護憲の流れ)が、戦後の進歩勢力の停滞と後退の主因ではないか? どうしても、そう思えてならない。 

 僕が、ある問題に関して、リベラルの動きを批判した時に、僕の高校時代の友人(彼は今、社民党大阪の指導部に入っている)から、
(今、そういうことを言うと、自民党政権を利することになるから言うべきではない!)と言われたことを思い出す。
自分たちの問題行動に対する批判に耳を貸さず、自己改革を封印してしまう・・・その体質が、運動全体を劣化させていったのではないか?

(一貫した護憲運動)が絶対化され、時代の変化、とりわけ大きな変化が進行した東アジアでの対応に、取り残されていったと思う。
社会党でいえば、石橋政嗣氏の「非武装中立」というドグマに縛られていった。
社会党員時代には、自衛権を頭から否定することができない(いらだたしさ)を、僕は、よく感じていたものだ。
道理に合わないことについて、見て見ぬ振りをしてきたのだ。自己批判しきり・・・だ。

自衛権を公に認めると「自衛隊の存在」を肯定することになる。
「軍隊は暴力装置」「反体制運動、自国民の抑圧が本性」という偏った認識からは、「見て見ぬ振り」をするか、居直るしかない。
「見て見ぬ振り」は、出来ないことは無いが、「居直る」には、あまりにも無理があった。
その結果として、運動は理論的にも、現実の運動でも、萎縮、後退が続いた。

自衛権は、国際的にも、人間的にも、肯定されるべきだ。
(無抵抗主義、絶対平和主義、降伏主義は、一つの考え方ではあるが、僕は、評価しない。)

したがって、自衛隊は、抑止力として、必要不可欠の存在であって、認められるべきである。憲法9条に照らしては、
違憲であるとの批判がある以上は、憲法を改正して、自衛隊の位置づけを明確にすることが必要だ・・・これが、ぼくの意見だ。

リベラルの立場からは、立憲民主党の枝野氏は、(合憲だから、憲法改正の必要無し、自衛隊存続容認)、
社民党・共産党は、(違憲だから、自衛隊は、廃止=プロセスは異なる)という。

こういう自衛権の発動も含めた安保法制論議は、一昨年あたりから、国会で行われてきたが、
「すれ違い」ばかりで、大いなる違和感を感じる・・・と、以前、ぼくが発信したのを覚えておられるだろうか?

そう、野党側の質問の中身には、(日本が戦争に巻き込まれる・・・)という立場からの質問が目立つ一方、中国・北朝鮮という
不安定要因についての議論を避けているフシが目立ったのだ。
逆に、(目の前にある危機)を強調する安倍首相の答弁には、国民が否定できない(抑止力の効果)を前面に押し出すことによる
(攻め)の姿勢が、印象に残っている。
これは、マスコミの論調にも共通して言えることでもあった。
「戦争しない国に」「戦争は嫌だ」「平和を守れ」・・・・戦後の安易な反戦意識にのみ依拠した(保守的)な報道は、
過去の遺産の食いつぶし・・・絶対平和主義による自滅的様相を感じたものだ。

国民の反戦意識自体は、極めて正しいし、大切に受け継いでいきながら、目も前にある危機を避けることなく正面から向き合い、
戦争を避ける具体的な手立てをめぐって、論争すべきであった。 野党は、その危機(北朝鮮・中国)を語ることを避けてしまったのである。

自衛権を認める以上、自衛隊の存続・維持無しに、抑止力はありえないのだから、僕に言わせれば、「自衛隊の廃止」などは、論外で、
無責任も良いところだ。       
 また、「合憲」だというのは、これまでの自民党政権による。「解釈改憲」そのものだが、戦後70年以上も経過して、現状に合わない問題を
無理やり現状に合わせるのは、限界だと判断するのが自然だろう。

国会内では、改憲勢力は、過半数をはるかに超えているが、それとは無関係に、東アジアの平和と安定を維持するための努力は、喫緊の課題だと思う。

Jアラートに不快感を表明して、安倍批判の材料にしようとする新社会党の姑息なキャンペーンを思い出し、あらためて人類の愚かさに、思いを馳せた。

皆さんは、どう思われるか?      (反省する勇気)



(PC等)
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