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「予断と偏見、「思い込み」が、人類を終末に導く・・・  」の削除
投稿者氏名 反省する勇気
タイトル 予断と偏見、「思い込み」が、人類を終末に導く・・・  
本文 予断と偏見、「思い込み」が、人類を終末に導く・・・  
         2018-3-30     反省する勇気

 前回、取り上げた元朝日新聞編集員の松井やより氏について、もう一度、考えてみたい。
僕は、彼女のことは、全く知らない。しかし、想像はできる!!
学生運動時代に、彼女のような「思い込み人間」を多く見てきたからだ。

彼らは、一様に「疑ってみる!」ことをしない。上部!から、注入されたことを信じ込む。
それは、宗教的魔力で・・・まさに、「洗脳」の世界になる。

宣伝扇動で、「慰安婦は強制連行された」「日本軍は、残酷な加害者だ」・・・と刷り込まれたことについて、一瞬でも疑わない・・・そういう人間が、大量に量産されたのだ。かく言う僕自身が、そうであった。

組織の中にいると、疑問があっても「見て見ぬ振り」をしてでも、組織の決定に従うべきだ・・・という考えが圧倒する。
そこからは、自由なモノの考え方は停止する。 

僕が、この新社会党の友人に何度も言ったことは、「一度組織を離れて、客観的に自分たちの運動を見つめる事、組織以外の様々な意見にも耳を傾ける努力をすること」が大切ではないか・・・と。 その努力の中でこそ、初めて自分たちの運動の欠点、限界が見えてくるものだ・・・・と。

僕は、2度、組織と距離を置いて、客観的なものの見方を得る機会を得た。そして洗脳から逃れることができた。幸いと言うほかなかったのだ。

松井やより氏が、新聞記者と言う大きな影響力を持つ仕事に着きながら、(裏付け記事)でなく、「思い込み記事」を連発したのは、なぜか・・・・??  

予断と偏見、「思い込み」のもと、都合の悪い情報を自ら(みずから)拒否(放棄)して、都合の良い情報ばかりに目を奪われる・・・そう、戦後の進歩的リベラルが、陥ったのと、全く同じ過ちそのものであった。

それは、僕が、結党時に一時、支援したことのある新社会党の姿とオーバーラップしてくる。 
新社会党は、旧社会党が解体された時に、左派(正義感溢れる真面目な党員が多いように感じた)の一部が結集して作られたが、「社会主義」に対する「思い込み」の激しいグループでもあった。

慎重討議の要求を抑えて「社会主義綱領」を早々に作り上げてしまったのは、向坂派の強い意向があったのは間違いない。
すでに、その時点から、限界は、見えていたということだろう。

北朝鮮の軍拡や人権問題をまったく批判しない、その教条的姿勢の故、次第に僕は失望して、支援の手を控えることになっていく。

新社会党員で、僕の友人であるM氏をよく思い浮かべる。「疑ってみる!」ということをしない彼らは、(社会主義)と言う言葉に酔いしれて、宗教的信心の世界を浮遊しているようだった・・・ちょうど、あのオウム真理教のエリート幹部たちのように・・・「疑うこと」を拒否し続けているのだ・・・

ハンナ・アーレントは、「疑うことをしない」平凡な人間が、悪魔の所業をなしえた・・・として、アイヒマンを分析した。
アイヒマンは、ナチに洗脳されたが、「疑うこと=最も困難で、人間的なこと」をネグレクトして、(楽な道)を選んだのだ。

僕は、新社会党の友人に・・・楽な道を拒否せよ・・・と言い続けてきた。

「自分たちの主張と「合う」情報に取り囲まれたら、楽で良いですよね。しかし、それでは、進歩がありませんよ。
自分たちだけで「運動」しているつもりになっても、進歩は、ありません。
新社会党の現状が、それを、ありありと示しています。
Mさんたちは、その活動の中で「兵隊」となることで、「楽な人生」を選択しているように思います。会議に出席したり、街頭でビラを蒔いたり、のこのこと韓国に出次かけたり・・・・肉体的には、しんどいかもしれないが、「楽ちん」な生活です。
「問題提起」されて、答えられないのは・・・辛いし、出来れば、避けたい・・・・しかし、それでは、自分がダメになる! 自身の人生に後悔ばかりが残ることになります。」(Mさんへのメールだ)

・・・というわけだ。

松井やより氏は、僕とは同世代で・・・(かっての僕)でもあった。
僕は、松井やより氏を知らない・・・が、彼女の「運動」への「影響力」は、僕とは比べ物にならないぐらい大きなものであったことは、間違いないだろう。

彼女と僕の違いは、「疑がってみる」ことを真剣に追求したかどうか・・・だったように思える。 予断と偏見、「思い込み」で、彼女は最後まで行動した・・・宗教家のように・・・だ。

その「ウソ」が、運動的にも、社会全体にも、大きな災厄をもたらしてしまった。
その悪影響は、今も続いているし、今後も続くことは容易に想像できる。

この事実の裏付けのない情報が、今も独り歩きして、戦争や難民などの地球的規模の不幸を作り出していることに・・・ある種の絶望感を抱かせる。

皆さんは、どう思われるか?       (反省する勇気)


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