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[00950]8月15日を迎えて 返信 削除
投稿者:反省する勇気
投稿日時:2018/08/18 23:17:30

8月15日を迎えて・・・  2018-8-15   (反省する勇気)

「戦争反反対」「戦争はこりごり・・」という国民の体験談は貴重だ。戦争の実相を学ぶこと、
戦争を理解するためには、大切にするべきだ・・・と言ってきた。

しかし、「戦争反対」=「非戦」「非武装中立」・・・・というのは、どうだろうか? これは、短絡的結論だと思うのだ。
誤解を恐れずに言うと、正しくない。

なぜか? 何度も言うように、戦争には、必ず相手があるからだ。相手(=敵)の無い戦争などは、あり得ない。
「戦争反対」は、こちら側の一方的な願望であり、相手の側が、それに正しく応じてくれれば、これほど、素晴らしい事は無い・・・が、
悲しいことは、いつも、そうなるとは限らない。

民族主義やナショナリズム、排外主義に扇動されたに相手(敵)が、こちらの願望を無視して、攻め込んでくることが、
これまで、いくらでもあった・・・というか、(歴史から学ぶ)ならば、そちらのほうが多かったということだ。

相手のある戦争について、相手の行為を考慮せずに、こちら側の一方的な(戦争反対という)願望だけで、
(戦争反対→自衛隊反対→安保反対)という、間違いを、戦後リベラルたちは、犯してしまった。

日本社会党では、「非武装中立」という「方針!」が、国民の素直な反戦気分に支えられて、深い検証も無しに、長期間、継続されてきた。
自衛権についてのあいまいな姿勢に終始せざるを得ず、(自衛権を認めると自衛隊を認めることになる)、激変する東アジア情勢に
対応できないで、今に至る。

結果として、北朝鮮や、中国の先軍政治や覇権主義・軍国主義を前にして、「話し合いで・・・」「国連で・・・」というばかり。

リベラルの戦後の凋落は、安易に、国民の「戦争は、もうこりごり」という正しい反戦意識を、一面的に捉えて、
正しい方針を提起できなかった・・・結果である。

「平和憲法」が、戦後、長きにわたって変わらなかったことが、「憲法」の「先進性」を示している・・・と誇る向きもあるが・・・そうだろうか?
「平和憲法」の限界性は、以前から指摘されている。社会が激変しているのに、憲法が変わらないこと自体が、「異常」なのではないか?

目まぐるしく変わる社会に対応して、「憲法」も変わるべきだ・・・と言う考え方が、むしろ自然ではないだろうか?

無理な考え方は、いつか破綻する。それが、今、リベラルの凋落を結果しているように、僕には思えるのだ。

リベラルの集会やデモ行動から遠のいて久しい。「自衛隊反対」「安保反対」という無責任な方針は、受け入れられないからだ。

緊張する東アジア情勢の中では、残念なことだが、自衛隊や安保体制は、抑止力を確保するためには、絶対に必要だ。
(ここまでは、東西冷戦構造の延長になるだろう。)

冷戦は、社会主義ソ連が墓穴を掘って?(社会主義・共産党独裁の必然的結果?)、(幸いにも)「崩壊」してくれた。

現行世界は、どうだろう・・・   14億中国や、歯止めの効かない北朝鮮を前にして、
軍事的パワーバランス(抑止力)を確保するために、今後、莫大な税金が使われることになる。

これは、東西冷戦と同じ構造で・・・人類は、一触即発の破滅的危機を迎える可能性があることは、確かだ。

そこで、50〜60年前と同じ議論が繰り返されることになる・・・
すなわち、非軍事を貫いて、専制国家の侵略を許し、彼らの(奴隷)に甘んじるか、果てしの無い軍備競争を続け、いつか?訪れるであろう
第3次大戦(世界の破滅)を黙認するか? の選択だ。

僕には、わからない・・・僕たちの消え去った後の地球のことになるが・・・

皆さんは、どう思われるか?      (反省する勇気)


(PC等)

        
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